2024年春、川村元気さんの小説『四月になれば彼女は』が映画化。予告動画から「佐藤健と森七菜がメインキャスト?」と話題を呼んでいます。
原作発表時、星野源と新海誠が推薦コメントしたことで話題になった過去があるものの、実は「面白くない」との感想も。川村元気さんの世界観にハマる人とのギャップが激しい作品でもあります。
そこで映画公開前に原作を完読。本当に面白くないのかを確かめてみました。
『四月になれば彼女は』簡単なあらすじ
1年後の4月、結婚を控えた藤代俊のもとに、伊予田春から手紙が届きます。2人は大学時代、写真部の先輩と後輩の関係で、恋人同士でもありました。
2人は写真部でも公認の仲でしたが、OBである大島が起こしたある事件をきっかけに別れてしまいます。
その後、医学部時代に知り合った弥生と3年の同棲をへて、結婚をすることになった藤代でしたが、2人の間には2年も体の関係はありませんでした。
9年も疎遠だった藤代に春が手紙を書いてきた理由とは?
長年レスでありながら結婚する藤代と弥生の関係への影響は?
『四月になれば彼女は』登場人物(キャスト)
- 藤代俊「フジ」(佐藤健) 学生時代は医学部
- 伊予田春「ハル」(森七菜)藤代の学生時代の恋人
- 坂本弥生(長澤まさみ) 藤代の婚約者
- 大島 写真部のOB
- ペンタックス 写真部部長
- 松尾純 春の妹
- 奈々 藤代の後輩医師でモデルのように美しい
- タスク イケメンを生かし女性から情報を引き出すゲイ
詳しいあらすじ&結末までをネタバレ!感想付き
1章「四月になれば彼女は」ハルからの手紙
結婚を1年後に控えた藤代俊のもとに、大学生時代につき合っていた伊予田春「ハル」から9年ぶりに手紙が届きました。手紙はボリビアのウユニにある塩のホテルから送られており、出会ったアルゼンチン人との関係や藤代と出会った頃のことが書かれていました。
ハルは藤代が医学部3年生の時、写真部に入部してきた新入生でした。祖父から譲り受けたフィルムカメラを使うハルを、藤代が担当することになります。
ハルの写真は、どれも色が薄く、藤代は不思議な魅力を感じます。また、ハルの写真を現像していた時、藤代は見たこともない笑顔で写っている自分を目にし、驚くのでした。
川村元気さんの文章は、ハルの写真のように、薄く淡い雰囲気が漂います。映像美を追求できる映画にふさわしい作品であると同時に、文学的要素が強いので「面白くない」と感じる人がいそう。正直、私も読み始めた直後は「あんまり面白くなさそう」と感じてしまいました。
2章「五月の横顔」婚約者 弥生とのレス
精神科医になった藤代は3年間同棲を続けていた獣医の坂本弥生と結婚を控えています。しかし2人の間には2年前から性的な関係はありませんでした。
藤代は弥生に「昔の彼女から手紙が届いた」と恋愛映画を観ながら話します。藤代は2人の関係を
お互いに万事の最適解をわかっている。コミュニケーションは過不足なく進む。居心地は悪くない。これが男と女の最終的なかたちなのかもしれない。
『四月になれば彼女は』41ページ
と思っていました。
タワーマンションの28階、黒で統一されたインテリアの中で、ワインとチーズをお供に恋愛映画を観ながら過去の恋愛や仕事の話をする2人…はたから見れば『勝ち組』です。
藤代は「男女の最終的なかたち」と何も気がついていないようですが、弥生は
「全然話聞いてないんだから」
と、関係性への不満についてサインを送っています。その上、元カノからの手紙なんて爆弾でしかありません!
3章「六月の妹」義妹 純の誘惑
時々やってくる写真部のOB大島には不思議な魅力で後輩たちから慕われていました。大島の誘いで藤代とハル、ペンタックスは勝利の薔薇という名のアイスランドのバンドを観に行くことになります。
ライブが終わり、大島のはからいで藤代とハルは2人きりに。その夜、告白し合い、2人は付き合う事になりました。
あの頃、ハルは言った。わたしはいつまでもフジと一緒にいる。なんの疑いもなく、そう繰り返した。
『四月になれば彼女は』61ページ
まっすぐに愛を伝えてくるハルに藤代は何度も救われます。しかし、その熱は永遠ではありませんでした。
弥生の妹 純
藤代と弥生は互いに忙しく、結婚準備は滞りがちです。そんな中、式場の試食会に弥生の妹純と夫の松尾(冴えない高校教師)と参加することになりました。
試食会の後、藤代は弥生から「純の相談にのってあげてほしい」と頼まれます。弥生とは違い、純は高級品を身に着け、官能的な容姿をしていました。
純は藤代に、弥生との性生活についてたずねてきます。純と松尾もレス状態で結婚したとのこと。純は夫以外に複数の男たちと関係をもっていると告白します。
「おねえちゃんと、してないでしょ」
そう言って純は、藤代を誘惑してくるのでした。
学生時代の淡い初恋と別れ。
結婚前のレス。
姉の夫を誘惑してくる妹。
「ありきたり」で下品になりがちな題材ですが、あくまで上品です。
この章で一番響いたのは弥生の
「男の人のよくわからないから任せるってあれ、腹が立つのよ。尊重しているようでラクしたいだけじゃない」
という言葉でした。この物語は、登場人物の中の誰目線で見るかによって、感想が全く違うものになると思います。
4章「七月のプラハ」ハルから2通目の手紙が届き
3か月ぶりにプラハから手紙が届きます。手紙には、ハルがチェコ人と過ごした時間について語られた後、藤代との関係が部員たちにバレてしまった日の思い出が綴られていました。
藤代は、後輩医師の奈々に、友達の事として弥生と純について話します。すると奈々は
- 恋や性交渉は、頭に血が上った状態であり、愛の強さではない
- 愛情は無様で孤独であり、永遠には続かない⇒レスも現実的で当然の結果
- 男女は恋愛をすることが前提の価値観はもう終わっている
と、絶望的な答えを返すのでした。
奈々の言う事にはいちいち納得ではあります。ただ、
どうせ恋愛は冷めるんだから、結婚前からレスでも結末は同じ
最初からそんな考え方でいては結婚生活は長く続かないように思います。
現代人は多様性を許され過ぎて迷い悩む部分が増えていますね。
「昔は良かった」とは思いませんが、男女は結婚するものという価値観一本だった頃は、迷いが少なかったことは確か。
その時代に応じ、うまく自分を適応させていかないと苦しみと迷いは増えるばかりなんだろうな…と思いました。
5章「八月の嘘」純の語る本当の弥生
藤代は純に誘惑される夢をみて、下腹部に違和感を感じます。その事をタスクに話すと「僕なら(純に)いっちゃうけどな」と笑われました。
タスクはどうやらゲイらしいのですが、有利になる情報を得るためには女性とも関係をもつイケメンでした。
タスクに話した後、本当に純から謝罪のメールが届き、もう一度会う事になります。
- 弥生は勘が良く、嫉妬深い性格である
- 過去には彼氏から逃げられるほど重い女だった
と、純は語り「おにいさん、なんにも知らないで結婚するんですね」と言われてしまいました。
藤代は性欲がないわけではないんですね。結局、弥生を性の対象として見れなくなったということでしょうか?純の情報が本当なら、弥生は「あえて藤代と純を2人きりで会わせた」可能性も。姉妹って怖い!
6章「九月の幽霊」大島の告白と自殺未遂
写真部の夏合宿が終わり、藤代は暗室で大島とはちあわせます。大島の写真には笑顔のハルが写っていました。大島は藤代に「ハルちゃんが好きなんだ」と告白します。
大島はそれが恋愛感情なのかわからないし、ずっと支えてくれた妻を裏切ることはないと言い切りました。
大島が大量に薬を飲み、ハルが第一発見者となって病院に運ばれたのは、その後の事でした。ハルは何があったのかを藤代には語りません。大島の妻によれば、大島は幸せを感じると危くなり自殺未遂を何度かしているそうでした。
病院から出ようとした時「ハルちゃん!」と叫びながら大島が追いかけてきます。ハルは大島から逃げ出し、藤代もハルに追いつくことはできませんでした。
その事件以来、藤代とハルは写真部に行かなくなります。ハルから何度か連絡はきたものの、藤代は返信することなく、2人の関係は終わってしまいました。
弥生の涙
結婚式まで半年になり、弥生自らあて名書きをした招待状の用意も終わっていました。映画鑑賞中、弥生は後輩の妊娠の話を始めます。
話題は子どもの話へうつった時、弥生は涙を流していました。しかし藤代は弥生に何もすることができません。それは藤代が見た2度目の涙でした。
すると弥生は藤代に「いま、楽しい?」と聞いてきます。もちろん藤代は肯定しますが、弥生からは
「藤代くんは、まるで幸せじゃないみたい」
と言われてしまいました。
結婚前からレスということは、子どもは絶望的と思ってしまいますよね。しかも藤代は「結婚式は弥生が好きなように」という感じです。
男性にとって結婚式の主役は嫁と思うでしょうが、女性側は「本当は結婚したくないのかな」と温度差を実感するもの。
藤代×ハルのピュアラブストーリーという感じでもないし、性欲はあるのに弥生とはレスの藤代に対して、ムカついています(つまり面白くなってきました(笑))
7章「十月の青空」大島の死
10月になり、ハルから3通目の手紙が届きます。ハルは今いるレイキャビクで、大島の姿を追いかけたら「勝利の薔薇」がいたと言います。
ハルは大島によりフジを奪われたことを許せないと同時に、大島の好意を知りながら見ぬふりをした自分に後ろめたさも感じていたとのこと。その行動の理由は
フジが好きであると同時に不安だったから、大島の気持ちを手放したくなかったのだろう
と書き綴ります。
その日、ハルはペンタックスから3日前に交通事故で大島が死んだというメールを受け取りました。
ハルは大島の死を知って「大島さんは、死から逃げることはできなかった。死に追われ(中略)死に捕まってしまったのだ」と書いています。
大島だけでなく、誰もが死に追われているし、絶対に逃げることはできません。
ハルは大島に恨みと罪悪感の両方をもっていたようですが、もっと自分と藤代の幸せと未来にどん欲になるべきでしたね。
そもそも大島の想いなんて無視してOKなもの。大島の魅力は奔放(言い換えれば自分勝手さ)から出てきているものだと感じました。
私は精神的弱さを武器にして、強く生きようと踏ん張っている人に(無意識であろうと)我慢を強いる人間に私怨があります。
大島は死に捕まったのではなく、自分から死に近づいただけで、ハルと藤代は彼の身勝手な行動に翻弄されて、自分たちの関係を見失っただけだと思いました。
あ~、ムカつく!支え続けた奥さんの気持ちも考えろ!
8章「十一月の猿」藤代と弥生の出会い
藤代が当直時に担当した外国人女性の飼っていたチワワを、弥生のいる獣医学部で引き取ったことが2人が親しくなるきっかけでした。
ハルと別れて6年、藤代がはじめて恋愛感情を抱いたのが弥生でした。弥生から「結婚する」と告白された時、藤代は胸の痛みを感じます。
結婚まで数週間と迫った時、藤代は弥生に「まるで幸せじゃないみたいです」と告げました。弥生は婚約破棄し、藤代とすぐに同棲を始めます。2人は三日三晩ひたすら交わり続けました。
3日目の夜、藤代の腕の中で弥生は古いイタリア映画「道」を観ながら涙を流します。
愛を終わらせない方法はひとつしかない。それは手に入れないことだ。
『四月になれば彼女は』196ページ
弥生の言葉から、藤代は「美しいと思うものを分かち合うことができた」と思うのでした。
この流れからすると、藤代にとって
手に入ってしまった弥生への愛は終った
と言うことになります。藤代の身勝手さもたいがいですね。
弥生の結婚を破棄させておいて、この体たらく。
愛が何たるかの明確な答えは存在してないと思うのですが、手に入らないものへの想い=愛というのは違う気がするし、美しさなんて微塵も感じません。
9章「十二月の子供」弥生の失踪
招待状も発送し、結婚式の最終的な段取りを確認する頃、弥生が何もかもを置いたまま姿を消してしまいます。行き先は純も心当たりがありませんでした。純によれば、弥生が結婚から逃げ出すのは3度目のこと。
「責任は弥生に向き合っていなかった自分にある」
そういう藤代に純は「口当たりのいい反省の言葉を反射神経で言っているように見える」と返します。
奈々にも”友達の話”ということで、弥生の失踪を語ると
自業自得
と言われ、それが藤代自身が婚約者から逃げられたと見抜かれていました。男性との付き合いはしないと宣言している奈々自身にも自業自得な過去があったと告白をはじめます。奈々は患者だった高校生との出会いと治療をきっかけに、誰の事も愛せなくなったと語ります。
どんな人でも他人の問題には、とても適切なアドバイスをすることができます。けれども自分の問題は解決できない。
『四月になれば彼女は』213ページ
また、適切なアドバイス(正解)では、人は救われないとも言いました。
9章「一二月の子供」は深すぎてあらすじとして成立しているか自信がありません。『四月になれば彼女は』の中には”名言”が数多く散りばめられていますが、奈々の言葉には特に心を動かされました。
道徳の授業を受けても、人が道徳的に動けないことがあるように、人は正解を知っていても、その通りに動けないし救われることもありません。
職業の中で精神科医が精神を病むケースはとても多いそう。結局、自分を救う答えは自分で見つけるしかないんだと思います。
10章「一月のカケラ」弥生からの手紙
藤代宛に弥生から手紙が届きます。手紙は東京から遠く離れた見知らぬ街から投函されていました。
- 弥生は藤代からプロポーズされた日のこと。
- お互いに愛することをさぼってしまい、このまま一緒にいることは出来ないこと。
- たとえカケラでも失ったものを取り戻そうとしていること。
などが手紙には書かれていました。
11章「二月の海」ハルの死
弥生が戻らない中、藤代のもとにペンタックス経由で中河という人物から連絡が入ります。中河はハルが死ぬ前に入院していた病院の医師でした。
ガンになったハルは最後の旅の中、藤代に手紙を出していました。旅の後、手術や抗がん剤治療もうまくいかず、中河のいる病院へとやってきたのです。
ハルは意識を保つため痛み止めの使用をおさえていたため、壮絶な痛みと苦しみに耐えたとのこと。最期まで海を撮影し続けたカメラを藤代に遺し、この世を去ったのでした。
病院から東京へ戻って2週間たっても、弥生は戻ってきません。そんな中、タスクから飲みに誘われます。客の1人がサイモンとガーファンクルの『四月になれば彼女は』を歌いはじめ、ダスティン・ホフマン主演の『卒業』の話題に。
藤代が「映画史に残るハッピーエンドだ」と言うとタスクは「あの映画のラストシーン、僕には絶望的に見えるんです」と返します。そして藤代に対し、本気で弥生を探そうとしてないと指摘。
もっと悩んだり、苦しんだりしないんですか?(中略)結局フジさんは、弥生さんを見捨てようとしてるんですよ
『四月になれば彼女は』246ページ
と言われてしまいました。
自宅へ戻り、藤代は弥生の寝室へと向かいます。弥生のベッドに横たわった藤代は、枕元に封を切られたハルからの最後の手紙を見つけました。
伝説の映画『卒業』のラストは、ダスティンホフマンが結婚式場から花嫁を略奪し、バスに乗り込み大笑いをします。しかし、乗客たちの冷たい視線にさらされ、2人は真顔に。ハッピーエンドではなく前途多難な将来を暗示した結末ではないかとの考察が多い映画で、タスクも同じ見方をしています。
若かりし頃に『卒業』を観たことがありますが、そこまで深い意味を感じ取ることができませんでした。
結婚⇒離婚をした身であらためて卒業の結末を見てみると、たしかに単純な”感動のラストシーン”ではなく、そこが『卒業』の魅力にも思えます。
結婚はゴールではなくスタートです。続けるには痛みを伴うし、苦しい方が多いかもしれません。
タスクの言葉とハルの最後の手紙を読んで、藤代は弥生に対しどう行動するのか?いよいよ次は最終章になります。
12章「3月の終わりに彼は」結末をネタバレ
手紙には、死ぬとわかったハルが、何を想っていたか綴られていました。手紙を読んだ藤代は、ハルと「また来よう」と約束していたインドのカニャークマリへと向かいます。
ハルと藤代は、最初の来訪時、カニャークマリの朝日を見逃していたのです。ぎりぎり朝日に間に合った藤代は、そこで弥生を見つけます。気がつくと藤代の目からは涙が溢れていました。
『四月になれば彼女は』感想まとめ
「面白いか、面白くないか」と聞かれたら『四月になれば彼女は』は「面白い作品ではない」と答えます。これは悪口ではなく、面白さを主に作品を書いたわけではないと考えての感想です。
文中での感想でも書いたように、この作品は文学性が高く、川村元気さんが何を想って登場人物にこのセリフを語らせているのか、簡単に理解できない部分も多いのです。
文学はとっつきにくい印象がありますが、性、愛憎、不倫など、ドロドロしたテーマの作品もたくさんあります。作中に登場する『卒業』も1967年の映画ですから、若い人にして見たらもはや”古典”に近い作品。それと同じ雰囲気が『四月になれば彼女は』には漂っている気がしました。
『四月になれば彼女は』には名言というにふさわしい言葉がたくさん登場します。名言には、どこか説教臭さがあったりしますが、川村元気さんは登場人物に気付きを与えた後「でも人って、そういうところあるよね」とフォローも欠かしません。
100%良い人も、100%悪い人も存在しないところは、淡く美しい表現で描かれつつも、実はかなり現実的だなと感じました。
今回、記事を書くにあたり、この作品を2度読みしたわけですが、2回目の方がずっと言葉が自分の中に入ってきました。結婚、恋愛について、はっきりと答えをくれる小説ではありませんが、身近な人への愛情について考えさせられました。
人は必ず死にます。
明日この人はもういないかもしれない
ハルの死は、「いつか伝えよう」「言わなくても伝わっている」という思い込みが保証されているものではないことを実感させてくれました。